前回の記事「Back to the radio | #1 FM誌とエアチェック」の続き.
ポピュラー音楽に目覚め,毎日エアチェックをしていたあの頃,よく聴いていた番組は,FM愛知の「FMメイツ5時」(のちの「FMメイツサウンドシャワー」)とNHK-FMの「サウンドストリート」
他にも,ニューヨークの探偵を主人公にハードボイルド仕立てのラジオドラマに曲を挟むというスタイルだった「マンハッタン・オプ」もよく聴いていた.この番組,脚本は矢作俊彦,語りは日下武史.なんだか見知らぬ世界を覗くような,背伸びする感覚で聴いていた.余談だが,この番組の名前にある”オプ”が”オペラ”の略であると知ったのは,随分後になってからだった.
この頃と言えば,音楽に対して貪欲な時期であり,アメリカの二大チャート紙だった”Billboard””Cashbox”のランキングをトレースしたようないわゆる”ベスト10番組”も聴いていたはずだが,あまり記憶に残っていない.エアチェックばかりしていたせいであろうか.
それから,hideさんのコメントにあった「FMバラエティ」という番組.実は思い出せなかったので検索してみた.DJの青木小夜子さんという名前を見て,思い出した.確か「FMメイツ5時」のあとに続いてオンエアされていたので聴いていた記憶がある.曲を聴かせるというよりもバラエティ色の強い番組ではなかったか.
さて「FMメイツ5時」というのはFM愛知が制作していた番組で,柴田チコさんという女性がDJを担当していた.彼女はDJ以外にも,海外のアーティストの通訳とかしていて,当時,東海地方の洋楽のオピニオンリーダーのような存在であった.この番組,時間の経過とともに放送時間は変わっていったが,ずっとコンテンポラリーな洋楽を流しつづけてくれ,洋楽体験のはじまりだった.当時,洋楽を聴き始めたばかりの私にとって,柴田チコさんは洋楽の師匠だったのだ.
「サウンドストリート」は曜日ごとに担当DJが変わり,当時DJを担当していたのは,(月)佐野元春(火)坂本龍一(水)甲斐よしひろ(木)山下達郎(金)渋谷陽一という錚々たるメンバー.このうち,毎週聴いてたのは,(月)(木)(金).
佐野元春はご機嫌なロックンロールを届けてくれたし(佐野元春には「悲しきRADIO」という,Elvis Costello「Radio, Radio」を下敷きにしたかのような初期の名曲がある),山下達郎はマニアックなソウルやMORなどをかけてくれた.渋谷陽一(ロッキングオン社の創設者で社長)は,他ではあまり聴けないコアな最新ロックを流してくれた.どの曜日も他の番組では聴けない曲ばかりがかかった.音を欲し続けていた自分にとって,それはまさしく乾いた砂に水が染み込んでいくように,めくるめく世界だった.以前も書いたが,小山卓治を知ったのも,渋谷陽一のサウンドストリートであった.
それがいつ頃からだろう.ラジオを聴くということが,少なくなったのは.思うに,自分でお金を稼ぐようになって好きなレコードやCDが買えるようになり,エアチェックする必要がなくなったというのがその主な理由だったのだろう.それに,音楽に対しコアな情報を求めるようになるにつれ,情報源がラジオ番組から「rockin'on」や「MUSIC MAGAZINE」「MUSIC LIFE」などの音楽雑誌に移ったのも影響したのかもしれない.
さて,前回,今回と過去の思い出話をしてきたが,最後の次回は現在に繋がる話をする.


教授専門でしたか.そういえば,ワーストとかなんとかって話もありましたね.
火曜日というのは,なんとなく,barulhoさんらしい気がしますね.
やっぱり,ながらができるのでラジオはいいですよ.TVだとそれだけになってしまいますからね.