『Broken Flowers/ブロークン・フラワーズ』(アメリカ/2005)
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a new film by JIM JARMUSCH.
『stranger than paradise』からずっと観続けているジム・ジャームッシュの最新作.2005年カンヌ国際映画祭グランプリ作品.ちなみに,この時のパルムドールはダルデンヌ兄弟の『ある子供』.
前作『コーヒー&シガレッツ』のウエイター役でいい味を出していたビル・マーレイ*1を今度は主演に迎えて撮ったオフビートなコメディ&ロードムービー.この映画には全編ジム・ジャームッシュのテイストが散りばめられ,”惰性の流れ”の中でエンドロールまで進んでいくストーリーの”ゆるゆる感”が堪らなく心地よい.そして,エンドロールが終わったあとに,様々な思いや疑問がじんわりと染み出てくる.
こういう映画を観たいがために,映画館に通っていると思わせてくれる作品.文句ナシのお気に入りです.全くストーリーや内容は異なりますが,これも大好きな作品,アキ・カウリスマキ監督*2の『過去のない男』と似た肌触りを感じた.
- *1
- ビル・マーレーは『ロスト・イン・トランスレーション』でも涸れたしょぼくれた中年俳優をうまく演じていたし,こういう役が似合ってきたね
- *2
- 名前は同じでも,スキージャンプペアのアキ・カウリスマキ兄弟ではない.お間違えなきよう(^^)
- *3
- 名前の発音が似ているため,行く先々で『マイアミバイス』のDon Johnson(ドン・ジョンソン)と間違えられ,苦笑されるのであるが,顔色一つ変えずに,”t”が入っていると訂正することになる.彼の中では,今まで何回と繰り返してきたルーティーンなのだろう.うんざりすることも通り越しているかのようである.
人生ってフシギないたずらをするものね.と綴られていた.それを聞いた隣人に住むのウィンストン(ジェフリーライト)は,ドンに心当たりのある昔の恋人をリストアップさせ,その情報を元に,お節介にもその5人の女性たちを訪ねて回る旅を段取りしてしまう.その段取りも”AAA(トリプルエー)”*4ばりにルートや地図を準備し,飛行機のチケットやモーテルの予約まで全て用意周到にお膳立てして.そんな一人で盛り上がるウィンストンに対し,うんざりした素振りを見せるドンだったのだが,結局,”流れのままに”息子の母親探しの旅へと旅立つ.”流れのまま”にと書いたが,ドンは今のまま老いていく自分に対する焦りが心の奥底にあり(それは誰の心にもあるのだが),それをなんとかしなければと無意識に思う気持ちが旅立たせる.
あなたと別れて20年が経ちました.
息子はもうすぐ19歳になります.
あなたの子です.
別れたあと,妊娠に気づいたの.
現実を受け入れ、ひとりで育てました.
内気で秘密主義の子だけど、想像力は豊かです.
彼は二日前、急に旅に出ました.
きっと父親を探すつもりでしょう…
なお,その女性たちを演ずるのが,シャロン・ストーン,ジェシカ・ラングなど錚々たる女優たちである.
- *4
- 日本で言えば,JAFのような組織であるが,支店に行けば,旅行のためのホテルの予約から出発地から目的地までのルートマップの作成まで至れりつくせりのサービスをほとんど無料で受けられる.それも会員でもないのにである.
例えば,ウィンストンがドンの家を訪問するところを描いたシーン.玄関でケータイでドンに電話をかけ,話し出す.そのまま話ながら家の中のドンの所まで行って,要件を言い,そのまま,またケータイで話はじめるという,かなりベタであるけど,思わず苦笑してしまうシチュエーションを見せてくれる.
また,二人でピンクの手紙をウィンストン家の庭で読むシーン.家族からタバコを禁止されているらしいウィンストンは,何かを吸いながらドンと会話しています.そこに子供が来てタバコを注意します.ウィンストンは子供に向かってマリファナだから問題ないと言い切ってしまいます.これは,タバコを害悪を見なすアメリカでの行きすぎた風潮をタバコ好きの監督が皮肉った所だと感じました.こんなオフビートなシーンが満載.
そしてロードムービーと言えば,この監督のお手のもの.飛び立つ飛行機を下から捉えた映像が何度か出てきて,そんな古臭い手法で移動を描写していたのであるが,そこに意図的なものを感じた.その映像が昔のドラマっぽくて,レトロな感じでなんともやるせないタッチでよいリズムを与えていた.一方,飛行場でレンタカーを借りて移動するのであるが,アメリカの大衆車の代名詞であるFordトーラスという,日本で言う所のカローラにドンを乗せ(これもウィンストンの手配であり,ドンはポルシェくらい用意しろと文句を言う場面があとから出てくる),描写することで流れ感が途切れず進んでいく.その車の中でドンはウィンストンがコンピレーションしたCD-ROMをCDプレイヤーに差し込む.流れる心地よい音楽.何度か挿入されるこのシーンによって,ウィンストンのイメージが現われ,全体の流れが続いていく効果となっている.
なお,ウィンストンがコンピレーションしたCD-ROMという設定で流されるBGMには,エチオピア*5が誇るマルチ器楽奏者ムラトゥ・アスタトゥケがいい感じに流される.合わせてマーヴィン・ゲイの「アイ・ウォント・ユー」がストーリーの流れの中で効果的に使われ,その浮遊感が心地よい.そして,オープンニングとエンド・ロールに流されるのが,オハイオ州出身のガレージロックバンド The Greenhornesの「There Is An End」.この曲のタイトルの意味深さと相まって,とても印象的に使われていた.
- *5
- 映画では,ウィンストン家族あるいは奥さんがエチオピア人という設定になっている
旅の途中に泊まったモーテルの窓を開け,雨の街並みを黙って眺めるドンの白い下着(ランニングシャツ!)の後姿のシーンを長回しする場面がある.その背中には,滑稽でも皮肉でもなんでもなく,昔の恋人を訪ねるという空しい作業で悟った中年男の悲哀が,まぎれもなく滲み出していた瞬間であった.このシーンはこの映画のハイライトの一つである.
5人の元恋人を訪ねたドンは,何の手がかりを見つけ出せないまま戻ってくることになる.そして,空港で見かけた内気なヒッチハイク青年と近所で再会し,サンドイッチをおごることになる.ドンはその青年を自分の息子じゃないかと思っていたはずだ.そして,何か哲学的なアドバイスをくれという青年に対し,
「過去はもう終わってしまった.未来はどうにでもなる.つまり,大事なのは,今なんだ」
と答える.それは,今まさに涸れゆこうとしている自分自身に対する反発だったのであろう.しかし,同時にドンは,それは決して取り戻すことのできないものであることも知っているのである.そこに,なんとももの悲しい悲哀の空気が漂う.
さて,その彼はドンの息子だったのか?そして,ピンクの手紙は誰の仕業だったか?ウィンストン?ジェシー?それとも,昔の恋人の誰か?
それに対して,ジム・ジャームッシュは回答を用意してくれていない.その問いは観客側にポーンと渡されたまま,観客の想像に委ねられている.
あえて言うと,ピンクの手紙は誰でもないドン自身が不甲斐ない自分自身に送ったものであると見たい.そして,息子も存在しない.
実際にドンが手紙を書いて送ったかどうかを議論しても意味はないのでしないが,ドンの抱えているものがそうさせたということは間違いないはずである.
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すごく詳しいレビュー、参考になります。なるほど〜、と感心。
これを読んでから、もう一度見直したい気持ちです。
アキ・カウリスマキの『過去のない男』がお好きだとのこと。男つながりで、ルコントの『列車に乗った男』はもうご覧になってますか?
これもかなりいい作品です。恐らく、お好みではないかと。
ラストに夢心地に出で来る青年はビル・マーレイの実の息子だとか。映画賞を狙いつつ、遊び心を忘れない映画作りに感心しました。
読ませていただき、ありがとうございました。 冨田弘嗣
実は,おすすめの『列車に乗った男』は観ました.これは見逃さなかったです(^^) 今でも部屋にちらしが貼ってあります.
全編ハードボイルドな世界観が描かれていて,少し息苦しかったですが,そんな中でも心温まる元教授とのやりとりやおもしろいカメラワークなど素晴らしい映画でしたね.
記事を書き上げるまでは影響されるのでザッと読んでいただけなのですが,先ほど富田さんの記事を再度興味深く読ませていただきました.フェードイン・フェードアウトはリズムを作ってましたね.
> ラストに夢心地に出で来る青年はビル・マーレイの実の息子
これは後で知りました(^^) あの太った若者ですよね?似てた記憶はないのですが.言われる通り,ジャームッシュの作品には,こういった筋には直接関係ない遊び心が散りばめられていて,それを「あれは.なんなんだろう?」とあとから発見する楽しみがありますね.
ああいう終わり方があとでじんわり来ていいですよね.ゴーストバスターズで張りきっていたビル・マーレイもなんだか渋いとぼけた役が板についてきましたね(^^) さすがジム・ジャームッシュといったとこでしょうか.