:: 高梨豊・中里和人 対談メモ

2008/11/07
┣ camera talk


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SIGMA DP1/Hosted on Zooomr

-2008.10.25 13:30-15:00/中京大学 C・スクエア/中里和人「ULTRA臨界夜景」イベントにて

(中里)
・闇の中では、その中にある美しさ、断絶感、蒸発したくなる欲求、宇宙的感覚の空気感などをダイレクトに感じ取ることができる。ヒリヒリするように一人になって、日常が喪失してとろけだして、逆に楽になっていく感覚、というのを意識して撮影したシリーズ。
・闇の中で暗視順応すると見えてくるように、闇に隠れたところを見て欲しい。
・突き詰めた形として真っ黒けはコンセプチュアルであるが、そこには行かない。
・夜の中の照明で浮かびあがった影の裏の闇に焦点をあてて撮り始めた。夜景から闇景へのシフト。
・小さい頃にずっと見つづていた景色に対する帰趨本能、風景に対する刷り込みがある。幼い時代に見てたはずの風景に似たものを思わせる風景に出会ったときにシャッターを押している。例えば、壁のシミ、地べたに落ちてた石、昆虫など、ジーッと見てたものがどこかに残っている
・幼少の頃から好きだったのは地図から風景を想像し、読み出すこと。そこから全てを見てみたいと思い出し、地理学科に進む。地図を見てわかることと、現地調査(フィールドワーク)で得られた科学的な観察の結果を重層的に肉付けしていく。これをビジュアル化したいという欲求から写真を撮り始める。
・神話にあるような歴史的な土地で最初の人がみたものを撮りたい。そういったものはどの土地にあっても存在する。そこにシンクロしたいという衝動がシャッターを押させる。

(高梨)
・(土地の自縛力について)車坂に自動車学校や二輪車屋が並んでいる。
・(やや自嘲ぎみの口調で)昔アレブレというのを森山大道とやってたことがあるが。。
・(中里氏の写真について)闇といっても何かのリフレクションを写されたのかなという印象。(小屋の肖像、路地に関して、中里氏は)素材として撮ってる写真家ではないと思った。
・自分のは”都の顔”は夜景だけではなく、東京の建造物をそれが建てられた1920年代に引き戻して、都会の緒元をレトロフォーカス(1980から 1920へ)したもの。夜は雑音がない方がいいということ。時代が光(希望)と闇(失望・喪失)の時代という都市のはじまり。都市をもう一度検証するための比喩的な意味として闇。
・街そのものの骨格がグーと立ち上がってくる東京の下町(向島)の艶やかな裸になった姿。
・神楽坂から東京湾が見えた、焼け野原が自分の原点。土地そのものを撮ろうとは思わない。文明の軋轢をせめぎああいつつ撮る。自分がヒリヒリするものに興味がいく。
・(初国 Pre-landscapeに関して)都市の円環の外に、別の円環があってしかるべき。人を触媒、聖霊と思い込んで待っていた。土地の履歴。平面でコミュニティを語ることは不可能。時間軸を水平にして歩いた。

(その他)
・両氏から梶井基次郎「闇の絵巻」がひとしきり話題にのぼり、絶賛。

(以上、順不同)


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