自転車に乗って路面を眺める.ただそれだけのことである.おおよそどこの路上でも眼前には,鋭気のない,それでいて妙にべっとりとしたアスファルトが河のように広がっているだけなのだから.しかし,ある時,それだけでないことに気付く.
たとえば,道路補修の痕跡.それはほとんどの場合,にわかに気づかないように巧妙に処理されている.しかし,中には,余程急いでいただろうか,まるで子供の粘土細工のように荒っぽく,アスファルトが飴のように重ねられているところもある.そうした段差を乗り越えるときには,振動が自転車を貫く.それは衝撃波のようにハンドルに取り付く腕に伝わってくる.巧妙に処理されたところでも,後から切り取られた部分は隠せない.丸みを帯びた振動が貫く.
たとえば,アスファルトの表面の質感.コールタールの匂いがしそうな新舗装の路面では,まるで絹の上を走ってるように滑らか.一方,表面が風雨によって削られ,小石がその形を現わし,ザラザラになったところもある.アスファルトの質感はタイヤからハンドルに一瞬の遅れもなく伝えられる.まるで路面を手で撫ぜるように表面を感じる.うだるように熱い夏の日には,陽炎が立ち昇る.熱いきれの中を突っ切って置き去りにする.
たとえば,路上に放って置かれたもの.大小さまざまな小石や砂利.そしてゴミ.轍のように模様描くものや,無秩序に放りだされたもの.それらはさまざまに散在している.車輪が路上に置かれた小石のひとつを踏む.小石は鋭利な形のままに横にはじき飛ばされ,何かにあたって乾いた音をたて,地面におちる.そしてその場所で何事もなかったようにただ存在を継続する.
たとえば,道端の草や花.路肩のアフファルトの隙間に雑草が茂っている.誰からも振り向かれないかわりに,誰にも鬱陶しがられない忘却の茂み.それは乱雑に,自由に茂っている.花もそう.春には菜の花,夏には朝顔やひまわり,秋にはコスモス.誰にも従わず,誰にも催促されずに,ひっそりとではあるが確実に咲き乱れる.通り過ぎる自転車が運んでくる風に葉をわずかに揺らしながら,ただ黙って路上にある.
たとえば,通学の記憶.それは幼い頃の記憶.学校が終わった昼下がり,いつもの道をとぼとぼと歩いて帰る.それは日々往復する道.いつもの路上,いつも見下ろす路面.いつもの田んぼ.いつもの畑.いつもの段差.いつもの窪み.いつもの小石.いつもの段差.いつもの草.いつもの水たまり.いつものアスファルト.いつもの空き缶.いつもの風景.それらはすべて路上に刻まれた記憶.
この瞬間,自転車の上から眺めているこの路上.この道に寄り添うように住みついた人々にとってはいつもそこにある路面なのだろう.誰からも気にされることもなく,ただそこにそっと存在する.それはどこにでもあるようでいて,唯一ここにしかない路面.いつかどこかで通ったことのある路面のようであるのだけれど,どこかが決定的に異なる.
ふと我に返ると,目の前には,どこに続いているのかわからない,しかしどこにでも続いている路上がある.その遥か彼方に向かって無意識にペダルを回す.移動することのみを目的として,ただ移動する.どこに辿り着こうというのか.どこかに辿り着けるのかすらわからない.ただ,じっと路面を見つめ,車輪がたてる音に耳を澄まし,ハンドルから伝達されてくる振動を感じていると,それが過去の記憶へと続いているということに気付いて呆然とするのである.
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植物にとっては,アスファルトすら共生する対象なのかもしれませんね.
久しぶりですねえ。
力強いと思っているのは人間だけで,植物は当たり前に行動しているような.